不思議な出来事

今回は家内の入院当初に起きた数々の偶然や不思議な出来事を書きます。
家内はランニング中に倒れたのですが、それを発見して救急車の手配をしてくださったのがM御夫妻です。
御夫妻は隣の清水区在住で、週に二度私の家の近所の整骨院に通っておられます。
その道中の海岸線でよく家内の姿を見かけ、「あの人ほんとに頑張って走ってるね」とご夫妻で話しておられたそうです。
普段は治療が終われば清水へ戻られるのですが、この日はたまたま焼津のご友人のところへ行くことになり、西方向へ車を走らせたところ、丁度止まった交差点の向こう側でしゃがみこんでる家内を見つけました。
草むしりをしているように見えたため、ご夫妻は「あの人のお家はあそこなんだね」と話しておられたそうです。
本来ならこの交差点を右折矢印信号で右折して旧道に入るらしいのですが、4月に海岸沿いの道と安倍川の橋が繋がったので、直進車線の先頭で停止、それで家内を見つけられたとのことです。
信号が青になり発進し、何気なくルームミラーを見たら、家内が崩れ落ちるのが映ったらしく、慌てて車を停めて駆け寄ってくださり、家内に「大丈夫ですか?」と声をかけてくださいました。
家内は「熱中症だと思います」と答えたそうですが、ろれつが回ってないことや、左半身がしびれるとの家内の返事に、御主人が即座に脳血管障害と判断されました。
即座に救急車を手配して下さり、家内は救急搬送されました。
そして、受け入れ先の病院は、今年の3月に救命救急センターがリニューアルされたばかりで、設備やスタッフも脳外科では静岡でトップとのことです。
M御夫妻が診療日でなかったら、焼津方向へ走っていなければ、信号で停止していなければ、ルームミラーを見なかったら・・・ これら数々の偶然や幸運が重なり、最悪の事態が避けられたのですが、この手の病気は最初の5分10分でその後が大きく変わるため、とにもかくにもM御夫妻は正に命の恩人です。

ここで話しは家内が倒れた一か月前、3月末に戻りますが、私の前職でのスタッフで、M子という沖縄出身の美人スタッフが居ました。
21歳の時から15年間勤めてくれ、私たち夫婦は実の娘か妹のように可愛がっていました。
そのM子が3月末に2年間の闘病の末、肝臓ガンでこの世を去りました。
2月に家内と病院に見舞った時、家内と腕を組んで写真を撮ったのが最後になりましたが、亡くなる前日まで私たちにLINEをくれ、「元気になって5月には静岡に茶摘みに行くからね」と・・・
家内が救急で搬送された病院で意識がはっきりとしてきた時に私に「Mちゃんがな、Y子さん、こっちきたらあかんっ!て叫んだような気がするねん・・・」と言うのです。
ん~~~??? ま、この手の話はこれまでにも耳にしたことはあるけど、家内が朦朧とする意識の中で造りだした、一種の幻覚のようなものとも思えますし、あるいは霊的な現象としてこんなことが起こるのかも・・・
ま、それはそれとして、さらに驚くことが入院3日目に起こりました。
家内のリハビリが始ったのですが、リハビリは言語・上肢・下肢とそれぞれのパート別に3人のリハ師がつくのですが、下肢担当のリハ師が夕方部屋に入ってきた時、私と家内は思わず声が出そうになりました。
下肢担当の若い女性リハ師、なんとM子にそっくりなのです。
正確に言えば二十歳代の頃のM子にそっくりなんです。
もちろん別人であることは間違いないのですが、「こんなことってあるんか・・・」というのが私たち夫婦のその時の気持ちでした。

この数日後に、私はM子の旦那に電話を入れました。
私が、M子が「こっちに来たらあかん」と言ったことを話し、そのあとにリハ師の女の子がなぁ・・・と途中まで話すと、旦那は「M子に似てるんちゃいますか?」というではありませんか。
旦那は「いや、それM子ですわ、いや、M子とはちゃいますけどM子なんですわ。 あいつ、ちょっと前までは僕の傍にまだ居てたんですけど、今は居てへんような気がしてたんですわ。 きっと静岡に行きよったんですわ。 ぱらまたさんなら無鉄砲で考える前に体が動くあいつの性格解るでしょ、Y子さんがピンチやからきっと飛んで行きよったんですわ」

なるほど・・・ M子の性格ならそれもあるかも・・・
単なる偶然なのか、それともM子が守ってくれてるんか、こればっかりは判りませんが、こんな驚くようなことが入院当初にありました。
今回の記事の最後に、M子が最も好きやった曲を貼り付けます。


The Rose - Bette Midler