電子制御の危うさ

※はじめに、今回の記事は実にショッキングな動画を含んでおりますので、心臓の弱い方はご覧にならないほうがよいかと思います。

昨年のオートバイ世界選手権motogpクラス第17戦マレーシアグランプリにおいて、ホンダのサテライトチームであるサンカルロ・グレシーニのマルコ・シモンチェリ選手http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AAがレース中の事故により若い命を落としました。
イメージ 1


事故の模様は生中継で世界に流れ、私もCS放送で観ていました。
瞬間的にこの事故の重大さとシモンチェリ選手の生命の危険さは理解できましたが、同時になんとも不可解なものを映像から感じました。
この動画はTVでオンエアされたものを編集したものです。
動画の前半はコースサイドのカメラから、後半はシモンチェリ選手が転倒する際に直後を走っていたバウティスタ選手のオンボードカメラからの映像です。
事故の概略としては、セパンサーキットの第11コーナーで転倒したシモンチェリ選手に後続のエドワーズ選手とロッシ選手が激しく接触し、シモンチェリ選手のヘルメットが外れ・・・ といったところです。
モータースポーツ好きの方の中にはこの動画を既にご覧になられた方も多いと思いますが、実に不自然で不可解な事故です。
この事故に関しては数日後に主催者からもプレスカンファレンスなどがありましたが、この手の発表の常として、直接の死亡原因の説明(医学的な原因)と事故の概略ぐらいで、決して核心にまでは言及していませんでした。
その内容はネットなどでも配信されましたが、多くの方が「もっと核心の部分を知りたい」と感じられたのではないでしょうか?

通常、転倒したオートバイは慣性の法則に従ってコーナーアウト側へ滑って行きます。
しかし、今回の事故は一旦はアウト側へ滑って行き、再びコースを横切るような形でイン側へ向かってきております。
なぜこのような動きをしたのか? この部分が一番の疑問ではないでしょうか?
これに関しては番組解説者はじめ主催者もふれておりません。

動画を観れば判るのですが、コーナーイン側へ向かってくるシモンチェリ選手のマシンは明らかにリヤタイヤがグリップし、トラクションがかかっています。
さて、ここからは少々推測で書きます。
第11コーナーで右ひじをイン側縁石に擦るほどのフルバンク状態からスリップダウンしたシモンチェリ選手は、車体右側に体を挟まれたままなんとかマシンを立て直そうとし、タイヤが再接地する角度まで自身でマシンを起こそうとした、もしくは路面との摩擦によって車体の角度に変化が生じてタイヤが再接地した。
ま、ここまでは比較的容易に想像がつくと思います。
ではなぜここからあんな角度でイン側に向かってきたのか?
イメージ 2


オートバイのレース用タイヤは70年代後半にそれまでの溝付きタイヤからスリックタイヤへと変化しました。
これによってグリップ力が増大し、コーナリングスピードは飛躍的に向上したのですが、それと同時に新たな危険性も生み出しました。
それまでは、オートバイのコーナーでの転倒と言えば、グリップを失ってそのままイン側へ倒れ込むスリップダウン、いわゆる「ズリゴケ」と呼ばれるものが大半でしたが、スリックタイヤの登場によって「ハイサイド」と呼ばれる新しい転倒スタイルが一般化しました。
これは主にフルバンク状態からアクセルを開けて立ち上がり状態に入った時に、リヤタイヤが過大なパワーに負けてそのグリップを失った際、ライダーが咄嗟にアクセルを戻すことによってリヤタイヤが急激にグリップを回復し、そのまま反対側(アウト側)にマシンが起き上がって、ライダーも路面に叩きつけられるといった、実に危険な転倒のスタイルです。
この転倒に対応するため、ライダーの装具なども大きく変化し、それまでのスリップダウンによる路面との対摩擦に重きを置いていたプロテクター部分も、80年代に入ってからは対打撃の方向へと変化しました。

で、マシンの方はどうかというと、レーシングマシンはもとより、最近では市販車の多くにも電子制御が採用されています。
その代表的なものがABSやトラクションコントロールで、特に最先端のテクノロジーを競う場でもあるレースの世界では、市販車へフィードバックするための実験室としての側面からも常に日進月歩の進化が行われています。
これらの機能は本来はすべて「安全」に寄与する為のもので、特に最近の4輪には車が勝手にブレーキをかけてくれたり、車間距離を自動的に維持したりしてくれる「運転支援システム」など驚くような電子制御機能が与えられています。
これらの機能によって運転技術の低い人でも安全に走ることが出来るのですが、言い換えてみれば、運転者の技術や経験値以上の領域の走りも可能となり、ひいては「恐さを知らない」ドライバーやライダーを生み出す原因になる危うさも持ち合わせています。

オートバイ世界選手権の最高峰motogpクラスのマシンは、正に電子制御の塊と言っても過言ではなく、フライ・バイ・ワイア(電子制御スロットル)や、特にこのクラスにのみ認められているトラクションコントロールは、リヤタイヤの空転やスリップを制御し、絶妙の駆動力を与えてマシンを前方に押し出してくれます。
これによって前述のハイサイドやコーナー立ち上がりでのスライドがここ数年劇的に減少していました。
結果としてはより「速く安全」に走ることが出来るようになり、この機能が市販車にフィードバックされ・・・ と正にいいことづくめであるかのように思えるのですが・・・
ところが、この世の物、特に人間が作ったものになかなか「完璧」なものは無く、ましてやそれが開発途中や過渡期にあるものの中には極めて重大な危険性や、開発初期では予見すらできなかった未知の「怖さ」を含んでいることが多々あります。
既に市販車にも採用されているトラクションコントロールですら決して完璧ではなく、ましてさらなる進化を求めてトライ&エラーを繰り返すレースの世界ではなおさらです。
シモンチェリ選手の乗っていたホンダのマシンには昨シーズンよりトラクションコントロールに加え、新たに「シームレスミッション」と呼ばれる新機構が組み込まれました。
これがどのような構造のものかはメーカー発表が無いので判りませんが、特性としてはギヤチェンジの際のタイムラグが無く、クラッチを切っている僅かの間も後輪には駆動力がかかっているといったようなものらしいです。
たしかにこの新機構の恩恵か、昨シーズンのホンダチームの強さは圧倒的で、コーナー立ち上がりでのスピードの乗りは他メーカーより明らかに早く、これがストレートでの最高速度にも寄与する為に正に無敵状態でした。

オートバイのアクセルグリップはライダーがその開度によってエンジンの回転を上げ下げして、加速・減速をするための装置ですが、フライ・バイ・ワイアやトラクションコントロールの発達によって、motogpクラスのマシンのアクセルグリップは、いまや単なるスイッチに近い状態となっています。
極端に言えば全閉と全開しかないといったものです。
従来ならライダーが意識的に作り出していたパーシャル状態や加減速をも機械が勝手にやってくれるわけで、ライダーはその分の余力をブレーキングやライン取りに集中できるわけです。
イメージ 3


さて、話をシモンチェリ選手の事故原因に戻しますが、要するにこの事故は「電子制御の危険性」を露呈した象徴的な事故であると思います。
スリップダウンしてアウト側へ滑って行ったシモンチェリ選手ですが、この時点ではほぼ無傷であったと思われます。
本人の意思かどうかは定かではありませんが、リヤタイヤが再接地した時点でアクセルが開いている状態であったため、トラクションコントロールが働き、慣性の法則を上回るその強大な駆動力によって再びイン側へマシンを押し進めたのではないかと推測されます。
この辺りのことを主催者側やホンダが発表しないことに多くのレースファンはイライラしてるんではないでしょうか?
付け加えて言えば、マシンに装着されたデータロガーの解析結果なんかにもほとんど触れていません。
これと同じようなことは2003年の加藤大二郎選手の鈴鹿での事故死の時にもありました。

と、ここまで長々と書きましたが、これはあくまで私の私見でありまして、化石ライダーの私なんぞには理解も出来ないほどの別の原因があるのかもしれません。
ただ、あまりにもハイテク化が進んだその先に何があるのか?
今回の事故はレースの世界だけの話ではなく、実は一般の交通社会にも直結した問題なのではないかと思うのです。
便利さが大きなものは危険性もそれに比例する。
イムリーなものとしては原発、身近なものとしてはAT車ですね。
ま、使う側がその危険性を熟知し、しっかりと管理できればええんですけどね。

最後に、若くしてその命を落としたマルコ・シモンチェリ選手に心から哀悼の意を捧げたいと思います。