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櫻井よしこ 美しき勁き国へ】
果たして米国の母親は日本のために愛するわが子を戦場に送るだろうか? 幻想を捨て米国の変化に対応せよ

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櫻井よしこ

 バラク・オバマ米大統領が世界の警察をやめ、共和党の大統領候補指名を確実にしたドナルド・トランプ氏が日本は自己負担で防衛せよと迫る。アメリカの対日安保政策の変化を前に、日本人は事の重要性を認識し対応できるのか。
 週刊誌「AERA」(5月16日号)が憲法改正に関連して11都府県の700人に行った対面調査が現代日本人の幻想を浮き彫りにしている。日本周辺に中国および北朝鮮の脅威が迫る中、「自衛戦争を認めるか、認めないか」との問いに、女性はすべての世代で「認めない」が「認める」よりも多かった。
 「他国や武装組織の日本攻撃にはどう対処すべきか」との問いには、「日本には攻めてこないと思う」「外交の力で攻撃されないようにすればよい」「日本は戦争しないで米軍に戦ってもらえばいい」などの答えが並んだ。
 自衛のためであっても戦争を否定するのは、子供を産み育てる母としての価値観だとの論評があった。ならば、アメリカ人の母の気持ちにも思いを致すべきだ。アメリカのママたちは、自ら守る意思もない日本のために、愛するわが子を戦場に送るだろうか。
答えは明らかだ。
 こうした自分中心の傾向は女性に限らない。男性も、全体の3分の1が自衛でも戦争は認めないと答えている。
 国際社会は平和を愛する心や公正さや信義に満ちていると憲法前文に書かれた幻想に浸っているのである。だが、アメリカ社会に起きている根深い変化がアメリカに頼りきりの日本の在り方を峻拒し始めている。
 プリンストン大学経済学教授、アンガス・ディートン氏らが昨年11月に発表した研究は国家としてのアメリカの本質的変化を示していた。
 1999年から2014年までの15年間、トランプ氏の支持者が多くを占める低学歴低所得の中年(45~54歳)白人層の死亡率が顕著に増加していた。HIVを原因とするかつての死亡率の高さに匹敵するこの衝撃的な傾向は、死亡率が低下傾向のアフリカ系あるいはヒスパニック系アメリカ人とは対照的だった。
 麻薬、アルコール中毒、さらに調査期間中の所得が実質19%の減少を記録したことと並んで、顕著に高い自殺率が重要な要因とされた。
 アングロサクソンアメリカ人の不安はこれだけではない。統計上、彼らは2042年にはアメリカ社会の少数派に転落する。現に2000年以降10年間の総人口増加の92%が非白人系の増加だった。
 アメリカン・ドリームは消え去り、むしろ追い込まれていると彼らが感じるのも当然である。彼らの不安と失望がトランプ氏の不法移民排斥や「アメリカ第一」の主張への熱烈な支持となり、アメリカの犠牲の上に安住する国々への怒りともなっている。
 トランプ氏が大統領になろうとなるまいと、氏を熱烈に支持するこれら約3割の有権者の感情はアメリカの政策に強い影響を及ぼす。
 その矛先は北大西洋条約機構NATO)諸国にも向かっている。現在、ロシアの脅威は冷戦終結以来の深刻さだと分析されているが、それでも、NATO諸国の足並みはそろわない。トランプ氏は先に発表した外交政策の中で、NATO28カ国中、国内総生産(GDP)の2%を軍事費に充てるという合意を守っているのはたった4カ国だと批判し、NATOは時代の要請に応えていないと断じた。
 こうした不満は、党派を超えてオバマ米大統領も共有する。トランプ氏批判を展開する「ニューヨーク・タイムズ」も6月2日、28カ国中16カ国がようやく軍事費の増額に踏み切ったと報じた。しかし、それは戦術核の使用も辞さないと明言するロシアの脅威によってもたらされた結果にすぎないのであり、NATO諸国の危機意識が薄いことを同紙は印象づけている。
 アメリカの見方は、NATOはロシアの脅威の前で依然としてアメリカに頼りすぎており、日本は中国の脅威の前で同じく、他力頼みの姿勢にとどまっているというものであろう。
 米国防長官、アシュトン・カーター氏はシンガポールでのアジア安全保障会議で、6月4日、中国による南シナ海の軍事拠点化を批判し、西太平洋およびインド洋地域の安全と秩序維持の努力は2国間、3国間、多国間の協力でなされるべきだと強調した。
 日米韓、日米豪、日米印の軍事協力という表現で、カーター氏は繰り返し日本に言及した。アメリカの軍事プレゼンスの果たし得る重要な役割を説く一方で、世界第3の経済大国である日本の貢献を賞賛し、奨励し、さらに促すものだった。
 オバマ政権はあと半年で終わる。その後も、カーター氏が強調したような揺るぎない協調関係を、アメリカは積極的に推進するだろうか。アメリカの展望は読みにくいが、鍵は日本側にある。問われているのは日本が危機に真っ当に対応できる国になるか否か、その決意を持てるか否かなのである。それによって日米関係が決まり、日中関係はその上に形成される。
 私たちは日本の国防の根幹の見直しという意味で重大な国家の岐路に立っているのである。来月の参議院議員選挙はそのことを問題提起する好機である。国民皆で考え、決めるのが国防や憲法改正であれば、考えるための議論を全開するのが政治の目下の責任である。