大連俯瞰図

母の遺品にあった昭和5年の大連の俯瞰図です。
今回の画像は拡大してもろたらかなり詳細に見えます。
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A4用紙8枚分ぐらいで、けっこう大きなものです。

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左上の赤丸のところに日露戦争の激戦地である203高地や旅順の文字が見えます。

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赤楕円が大連埠頭。 スケートリンクもあったようですね。

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大連市中心部のロータリーですね。

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角度は違いますが、現在の地図です。 

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上の地図と同じ場所です。

母方の祖父が警察官であったため、母はその赴任地の大連で少女時代を過ごしました。
アカシア並木が美しく、ヨーロッパのような街並みであったと母から聞いた記憶があります。
20年前に阪神淡路大震災が起こり、その年の春に父が逝きました。
いつか母を思い出の大連に連れて行ってやろうと思いながら、結局は忙しさにかまけてしまい、そうこうしているうちに母も倒れ、6年の闘病の後に父の元へ旅立ちました。
親孝行は多少無理してでもしとかなあきませんね。^_^;