過ちは繰り返しませぬ・・・?
昔からずっと違和感を感じてた碑文について産経新聞の「主張」が書いてくれとる・・・
被爆70年 「過ちは繰り返しませぬ」 誓うべきは核保有国である
広島は被爆70年の「原爆の日」を迎えた。 ロシアのプーチン大統領は、昨年のクリミア併合の際に、あろうことか核使用の準備も指示したと述べた。核戦力の増強を図る中国は、海洋覇権を狙い周辺国に脅威をばらまいている。北朝鮮は変わらず核開発に狂奔する。
≪慰霊の政治利用許すな≫
何度か8月6日の広島を訪れ、印象に残るシーンがある。
まだ夜が明けぬ平和記念公園に、孫であろう若者に車椅子を押されて老婦人がやってきた。
いくつもある慰霊碑の一つで車椅子を降り、おぼつかない足取りで前に進んで、手を合わせる。丸まった背が、小刻みに震えているように見えた。
以前は慰霊碑の前で夜を明かす人も少なくなかった。
やがて空が白み、公園はセミの鳴き声に包まれる。平和記念式典の準備が始まるころ、すでに慰霊を終えた人々は家路につく。
式典会場の外ではデモや集会が行われ、原爆投下時刻には原爆ドーム前で恒例になったダイインが繰り広げられる。ほとんどは県外からの参加者である。
4年前、当時の菅直人首相が式典のあいさつで「原発に依存しない社会をめざす」と語ったときから、スローガンは「脱原発」「再稼働反対」が多くなった。核兵器と原子力の平和利用である原発を同一視するのはおかしい。
今年は国会で審議されている安全保障関連法案をからめて「戦争反対」と叫ぶのだろう。
8月6日は原爆の悲惨を訴え、犠牲者を悼む日である。政治的に利用してはならない。
70年たって記憶が次第に薄れるなか、被爆体験を恣意(しい)的にゆがめてはいけない。漫画「はだしのゲン」である。作者の故中沢啓治さんの体験から、原爆で父と姉弟を奪われた少年ゲンが、生き残った母と妹を助け、原爆孤児の仲間たちと支え合って懸命に生きる姿は、当初は感動を与えた。
≪主語のない碑文を正せ≫
そもそも原爆死没者慰霊碑に刻まれた碑文に問題がある。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰(り)返しませぬから」
主語のないこの文章はかねて、日本が過ちを犯したように読み取れると指摘された。少なくとも「過ちは繰り返させませぬから」としなければ意味が通じない。
極東国際軍事裁判(東京裁判)で「戦勝国による事後法で裁くのは国際法に反する」と日本を擁護したインド人のパール判事は、昭和27(1952)年に広島を訪問し、「原爆を落としたのは日本人ではない。この過ちが、もし太平洋戦争を意味しているというなら、これまた日本の責任ではない」と碑文を批判した。
ならば、すべての核保有国に署名を呼びかけたい。碑文は格段に重みと実効性を増すだろう。
来年の伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)に先立つ外相会合は広島が舞台となる。この機会に、ホスト国で唯一の被爆国の日本が果たすべき役割は大きい。