靖国参拝3

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中韓の批判に合理的正当性なし」 インドの元国家安保委事務局長補

産経新聞より抜粋
2014.1.6 09:05
歴史認識
http://sankei.jp.msn.com/images/news/140106/asi14010609090000-n1.jpg
3日、ニューデリーでインタビューに答えるラジャゴパラン氏(岩田智雄撮影)
 米国やアジアの政治・安全保障に詳しいインドのラジェスワリ・P・ラジャゴパラン氏は産経新聞と会見し、安倍晋三首相の靖国神社参拝をめぐる中韓などの批判について、「合理的正当性はない」などと語った。主な発言は次の通り。(ニューデリー 岩田智雄)

 どの国も亡くなった兵士に敬意を表する権利がある。安倍首相の靖国参拝ナショナリズムの高まりや軍国主義の復活とみるべきではない。
 日本の首相は何人も靖国神社を参拝しているが、1985年の中曽根康弘氏の参拝に中国が抗議を始めるまでは、今回のように問題視されることはなかった。中国の経済的台頭などが厳しい反応の背景にある。
 日中間の第二次大戦に関する問題は78年の平和友好条約調印で終わっている。中国は再びこの問題をむしかえし、韓国も異議を唱えているが、そこに合理的な正当性はない。
大戦の戦犯を裁く東京裁判で、インド人のパール判事は、日本人を誰もA級戦犯に分類すべきではないと主張した。当時、インドには日本軍の行動に理解を示す者もいた。今日においても日印両国はアジアの平和と安定をどう図るかで多くの共通の認識を持つ。
 インドが今月26日に行われる共和国記念日の軍事パレードに安倍首相を賓客として招いていることは、大きな政治的メッセージを含んでいる。両国は米国を含めて対話を深め、安全保障分野などで協力をさらに進めるべきだ。

ええことゆうてくれるがな~ヽ(^o^)丿




台湾の楊 素秋(よう そしゅう)さんは、台湾の日本統治時代の自身の体験をもとに桜の花出版
「日本人はとても素敵だった」
を書いており、靖国参拝について元日本人より現日本人へ次のように意見しています。



「なぜ靖國神社に参拝してはいけないのでしょうか?
靖國神社に首相が参拝すると、中国や韓国から非難され、日本国内ですら反対論が声高に叫ばれますが、自国の先祖の霊を鎮めるために行くんだと、自国民の霊を弔うのがどうしていけないのかと、それと君たちの国と何の関係があるかと、内政にまで口をはさむなと、なぜ言えないのでしょうか?
不思議で仕方ありません。 
靖國神社に祀られている人たちは、日本の国のために散って行った桜の花です。
同じ死ぬのだったら、国のためとか誰かのために命を捨てる方が、犬死にをするよりもましだと思いませんか。
命を捨てる精神には一体何があるのか。
そこにはまさに「大和魂」というものが作用しているのだと思うのです。
昔、日本人は東洋のために命を擲ったのです。
戦争に行く時は皆、東洋のため、東洋平和のためにと言って行ったのです。
その人たちの霊に対して、『霊が浮かばれますように、そしてとにかく安らかに眠って下さい』と祈ることのどこが悪いのでしょうか。
そのことと政治とは何の関係もありません。
今の日本の対応を見ていると、私は、もどかしくて仕方ありません。
イライラしてきます。
本来の日本人を知っている台湾人の勝手な想いではありますが…」


靖国神社というのは明治2年(1869年)、明治天皇が「わが国のために尽くした人々のみたまは国自ら永久に御祀りするべきである」との聖勅により建造されました。
戊辰戦争によってなくなった人は公に殉じたとして地域民間で「村の守護神」と祀られていたのを、国家が引き継いだものです。
靖国は政治的なものとしてつくられたというのはまったくのウソです。
日本人古来の先祖崇拝の信仰に基づいたものです。

A級戦犯が祀られているのが良くないという意見もありますが、そもそも日本には戦犯はいません。
昭和28年、日本主権回復後、法務総裁が「東京裁判での戦犯は、国内法的には戦犯ではない」という通達を出して、遺族援護法や恩給法も改正され、一時期戦犯となり、対象から外れた人も対象にされました。
A級戦犯とされた人たちが昭和53年(1978年)に合祀されていますが、その後も首相が20回も参拝しており、中韓は全く騒いでいません。
昭和60年になって朝日新聞が無理やり騒ぎ出して、社会党が呼応して強引に外交問題にしたのです。

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やはりここでも朝日(チョンイル)新聞が元凶ですな・・・(-_-メ)